檻の中の姫

    作者:夕狩こあら

     ――逃げて。ほら、早く!
     ――逃げて♪
    「早く逃げないと殺しちゃいますよ♪」
     鈴を振る様な、玉を転がす様な佳声が恐怖を煽り、急き立てる。
     狂気に煌く金瞳から逃れようと、必死に草間を駆けた子狼は、肺を破る呼吸の合間に咆哮して群れを呼んだ。
    「あはははは♪ 助けを呼ぶなんて賢いですね♪」
     おりこうさん♪ と、嗤う花顔は玲瓏かつ残忍。
     身も凍るほど美しき少女は、その艶髪を濡烏色に染め、金狼の耳と尻尾を楽しげに揺らしつつ、狩りに興じている。
     ――否。
     彼女にとっては、これが『修学旅行』。
     独り沖縄に残った少女は『観光』を愉しみ、好奇の瞳に映る全てを真紅の大太刀に屠っては、繁吹く血潮を味わっていた。
    「……あれは貴方のお母様とご兄弟?」
     斯くして堕ちゆく闇は、眼前を奔る子狼の前に現れた黒叢――狼の群れを捉えると、ふわり、微笑んで冴刃を暴く。
    「はじめまして、さようなら♪」
     家族の姿に安堵を過らせた子狼の表情も。
     鋭牙を剥いた仲間の憤怒も。
    「あはははは♪ すごーく面白い顔♪」
     それが絶望に変わって死に至るまでの狂おしい刹那を、永久に味わう様に――。
     また、屠った。

     その彼女が『観光中』に見つけたのが、古の畏れ 『檻の中の姫』。
    「あれれ? これって……」
     檻の間に小首を傾げて中を覗けば、其処に囚われるは可憐なる人形姫、――アリス。
    「でも、そろそろ消えちゃいそうですね♪」
     いい気味♪ と艶然が零れるのは、長らく抑え込まれ、隠されてきた側の『影』だからこその皮肉。
    「アリスちゃんの絶望した顔で、いっぱい嗤わせて下さい♪」
     呼吸を奪う麗しき嘲笑が、ほろ、と滲んだ。
     
    「兄貴~! 姉御~! 大変っすよ~!!」
     息も絶え絶えに教室へと駆け込んだ日下部・ノビル(三下エクスブレイン・dn0220)、その表情に緊迫を読み取った灼滅者は、続く言を固唾を飲んで待った。
    「サイレーン灼滅戦で闇堕ちしたアリスの姉御を、見つけたッス……!」
     嘗てアリス・ドール(断罪の人形姫・d32721)と呼ばれた少女は、刻下、沖縄で『修学旅行』と銘打った殺戮に興じている――。
     これを聞いた灼滅者の中には、一先ずの安堵に吐息する者や、柳眉を顰めて深く沈黙する者など、複雑な思いが交錯するか、反応は様々だ。
     ノビルはその全員に瞳を合わせて言う。
    「直ぐにでも駆け付けたいという兄貴らの想いは、自分も十分理解ってるッス」
     然し彼が逸る足を止めるのは、理由があるからで――。
    「兄貴と姉御が駆け付けた時、闇人格のアリスの姉御はゲームを持ち掛けてくるんスよ」
     ゲーム。
     その軽率とも言いかねない語に凛然を研ぎ澄ませた灼滅者は、更にノビルの言を聞いた。
    「檻の中には、これまで自分達が見てきた金髪蒼瞳のアリスの姉御が囚われていて、外には闇人格の黒髪金瞳の姉御が、兄貴らを迎え撃つッス」
     それは無意識ながら、アリスによって隠されてきた影。
     彼女は『制限時間内に影のアリスを倒さないと、主人格のアリスは助からない』というゲームを持ち掛けて灼滅者を揺さぶってくる。
     無論、それは揺さぶりを掛けるだけでなく、彼女の意思によるものならば、必然と「そうなる」事に間違いはない。
    「……っ」
    「……自分は、そうならない事を信じてるッス!」
     彼が言うには、このゲームに乗って攻略する事が大事らしい。
     それがアリスへの信頼になり、言葉無き大きな説得になる。
    「制限時間は10分。これが主人格を保てるギリギリの時間ッス」
     この間に闇人格をKOすれば、アリスの主人格を保ったまま救出が可能となるが、過ぎれば主人格は消失し、影は闇となり――完全に堕ちる。
    「闇人格の姉御は、攻撃からは巧みに逃げ回り、言葉で揶揄かい、揺さぶりを掛けて翻弄してくる筈っす」
     真紅の大太刀をメイン武器に、左手は黒くドロドロとしたスライム状の縛霊手で攻撃を補い、ポジションはキャスターに据わって颯爽と戦場を翔る――。
     彼女を捉えるのはそれが武器であろうと言葉であろうと困難に思われるが、灼滅者の想いが、意思の強さが伝われば、確実に変化を見せてくれるだろう。
    「通常は妖精の様に可愛く狡猾に、悪戯な言葉で相手を振り回す闇人格の姉御は、キレると語調が荒っぽくなるんす。そして危機的状況に陥った場合、巨大な金狼の姿を暴くんすよ」
     体力が半減すれば、狂気の金狼が猛爪を振り上げる――。
     それは脅威となるに違いないが、積み重ねたダメージを知る鍵にもなるだろう。
    「何とか助け出して欲しいんす」
     唯、「でも」とノビルが続く言を淀ませるのは、救出が不可能だった場合に灼滅せざるを得ないからだ。
    「全ては時間との闘いっすね。救出と灼滅の判断をどこでつけるか……これはもう、兄貴と姉御の戦い方に任せるッス」
     僅かな迷いが致命的な隙を作ってしまうかもしれぬ戦いだ。
     そして、何より。
     今回助けられなければ、完全に闇に堕ちた彼女を救う機会は、恐らく――二度と無い。
    「……ご武運を!」
     ノビルは背筋を伸ばして敬礼し、戦場へと向かう灼滅者を見送った。


    参加者
    李白・御理(小夜鳴鳥の歌が聞こえる・d02346)
    犬塚・沙雪(黒炎の道化師・d02462)
    エミーリア・ソイニンヴァーラ(おひさま笑顔・d02818)
    西院・玉緒(鬼哭ノ淵・d04753)
    安藤・ジェフ(夜なべ発明家・d30263)
    大神・狼煙(魔狼は死しても牙を剥く・d30469)
    月影・木乃葉(人狼生まれ人育ち・d34599)
    ノイン・シュヴァルツ(黒ノ九番・d35882)

    ■リプレイ


    「もっと絶望に沈んでください。アリスちゃんの絶望が、一番ですから♪」
     黒檻に囚わる人形姫を金瞳に組み敷いた少女は、湿気を含んだ夏風に黒髪を靡かせつつ、ふわり、頬笑んだ。
    「――アリスちゃん」
     美しき嗤笑が時折翳るのは、閉じ込められた人形に嘗ての己を重ねたか――、然しそれも一瞬のこと、口角を持ち上げて自嘲を打ち消した闇は、軅て近付いた凛然を嬉々と迎える。
    「アリスちゃんのお友達ですね♪」
     はじめまして、と他人行儀に挨拶をする彼女は知っている。
    「絶対助けて、クラスに連れて帰りますよ……アリスさん」
    「必ず救い出す。無事に連れ戻して、本当の修学旅行を楽しんで貰う」
     同級生の月影・木乃葉(人狼生まれ人育ち・d34599)も、クラブ仲間の犬塚・沙雪(黒炎の道化師・d02462)も、黯然たる世界より見た、主人格と縁有る者だ。
    「本当の修学旅行? アリスちゃんはもう楽しんでます♪」
     ころころと愛らしく哂った少女は、金瞳を細めた視線の先で、安藤・ジェフ(夜なべ発明家・d30263)の懐かしい声を聴くと、
    「いくら楽しみにしていたからと言って、一人で勝手に行かないで下さい」
     その背の向こうに、記憶の海を波立たせる仲間の姿を見た。
    「E組のみんなで迎えに来ました」
    「アリスさーん! 自分ら仲良くなったばっかりじゃないですかー! 思い出も作らず消えるなんて、許しませんからねー!」
     その言には陽司が声を重ね、
    「――あと、クラブの仲間も」
    「これだけの人数で迎えに来たんです。アリスさんは返して貰いますよ」
    「自分もお手伝いします。さぁ、皆で帰りましょー」
     絆が絆を繋ぐか、良太と夕月は後輩の友を救うべく全力を差し出しに来た。
     地上だけではない。
    「柄じゃないけど、悪友に頼まれたの。放っておけないわ」
     空にはコルトが箒に跨って警戒しており、気紛れに踵を返すなど許さぬ気概で。
    「あはははは♪ 真剣な顔しちゃって、怖いです~♪」
     周囲を流し目に見た艶然は張り詰めた空気を一蹴すると、
    「折角皆さんが揃いましたもの。アリスちゃんとゲームをしましょう♪」
     嘗ての絶刀――闇堕ちして変貌した凶刀【Alice Slave】を抜き、真紅の刀身に佳声を添えた。
    「こっちのアリスちゃんが消えるまでに倒せるかな~♪ 倒せないかな~♪」
     小首を傾げて人形姫を一瞥し、挑発的な微笑を灼滅者に注ぐ。
     一同は彼女の抜刀に合わせて殲術道具を解き放ち、
    「まさかアリスねえさまとこのような形で戦うことになるなんて……」
     エミーリア・ソイニンヴァーラ(おひさま笑顔・d02818)は、負の感情に反応して異形と成る左手を視つつ息を整えると、
    「――いえ。今は雑念をすてて対峙するとき!」
     予測される攻撃に耐性を得るべく護符を舞わせ、
    「任務を遂行します……アリス、あなたがそれを望むなら」
     ガスマスクに声をくぐもらせるノイン・シュヴァルツ(黒ノ九番・d35882)は、魁偉なる十字碑を構えつつ、槇南・マキノ(ご当地の中のカワズ・dn0245)に指示を出す。
    「槇南先輩は回復支援を。特にエミーリアさんにパラライズにかかった場合、早急に治療をお願いします」
    「――えぇ、分かったわ」
     ゲームを攻略する――。
     一同の誠意と本気を感じ取ったのはマキノだけではなかろう。
     確実に闇を捉えんとする布陣を読み取ったアリスは、クスリと笑みを零し、
    「あはは♪ どきどきですよね♪」
     舞うは蝶か蜂か、冴刃を翻して迫った。
     身の丈を越す長刀に手甲を合わせるは李白・御理(小夜鳴鳥の歌が聞こえる・d02346)。
    「貴女は強い。でも、アリスさんが幾つも繋いできた絆はもっと強いでしょう」
     強靭なる鋒に楯を抗衡させつつ、周囲より届く想いを聴いて言う。
    「アリスさんはちょっと恥ずかしがり屋だけど、とても優しい子ですわ。不必要に相手を傷つけたりしませんこと」
    「人と触れ合う事すら怖がっていたお前が、今どうしてこんな事になっている? いつかみたいに、俺の手を取れよ、お前はそこで震えてるだけの小鳥じゃねーだろ」
     声を張る桜花も鷹秋も。
     抑圧されていた影が相手取るのは、檻に捕われた人形姫の力だと言うのか――。
    「あはは♪ おもしろーい♪」
     軽やかな跳躍で距離を取った少女は、間断を許さず迫る大神・狼煙(魔狼は死しても牙を剥く・d30469)の神薙刃を、凶刀の一振りに薙ぐ。
    「過去に見送った依頼で友が堕ち、知人が死に、往かぬ戦争でアリスさんが堕ちました」
    「あははは♪ 残酷ですね♪」
    「もう後悔しない為に、全力で挑みます」
     それを背負うが故に、自らも闇堕ちを覚悟して軍庭に踏み込んだ身は、然し、鉄鎖の如く繫がれた絆と冀望に悟性を保っている。
    「忘れないで。縦え薄い繋がりでも、貴女を思う者がいる事を」
     堕ちて友を救うより難く気高き道を導する、紅音が彼を支える。
    「や~ん♪ こわ~いです~♪」
     尚も嘲笑を重ねて躍る黒き蝶には、忽ち西院・玉緒(鬼哭ノ淵・d04753)の豊満が迫り、
    「遊びたい……の……でしょう……? 遊んで……差し上げますよ……」
     望み通りの絶望を。
     我が身を鋭槍の如く研ぎ澄ませた戦巫女は、雷光に挙動を楔打ち、嘲る狂気を痛撃に挑発した。
    「アリスちゃんを苛めるなんて、ひどいです~♪」
     流血に花顔はほろ、と綻び。
    「1分経過だ!」
     タイマーを任された英明が、此処に時の経過を告げる。

     ――遊戯は始まったばかりだ。


     5分、7分に戦況を見極める刻を置き、敵の形態に合わせて戦術を都度修正する――。
     柔軟かつ迅速なる対応も剴切ながら、サポートとの密なる連携も秀逸で、手厚い支援があるからこそ、8人は『ゲーム』に傾注できていた。
    「ぜったい連れて帰るんだから!」
    「あはは♪ 出来るかな~♪ 出来るといいですね~♪」
     麗顔に添えられる嘲弄を、エミーリアは覚悟して来ている。
    「早くしないと、アリスちゃん消えちゃいますよ♪」
    「、っ」
    (「ぐっと、耐える!」)
     言い返したら調子に乗られると、口をへの字に結んだ少女は、自陣の槍が折れぬよう回復の手を止めず――その沈着は賢明。
     視覚に訴える説得も効果的だろう、
    「今日の為、僕が打てる最高の業物を用意しました」
     難敵と競合うに秘刀【雨乃伊和刀】を差し出した御理は、彼女の打ち易い所へと踏み出して一撃を誘い、
    「あはは、綺麗ですね~♪ 手折りたくなります♪」
     彼の『もてなし』にころりと笑んだ艶花は、刀の美しさに見合う圧倒的斬撃を礼に返す。
     夥しい紅血が繁吹くが、一撃でも受け止められれば一人の友が助かると思えば、その切先は闇を捉えて離さず。
     妖精の様に悪戯で移り気な少女を、怒りに引き付ける楯は狡猾に、
    「学園祭は回れませんでしたが、修学旅行は一緒に行きましょう。勿論、本物のです」
    「アリスちゃんは、今、とっても楽しんでいますよ~?」
     タンゴの猫魔法を嫋やかに交わす繊麗に呼びかけたジェフは、帯撃に精度を高めつつ、楯の打突を以て彼女を引き付けた。
    「ジェフ、頑張れ!」
     その代償に多くの血を流せば、登が激励に支え、秋山姉妹が創痍を癒し、
    「安藤君。回復は私達に任せて、耐えて下さい」
    「アリスさんは心さんに言ってたな。『助ける心があるなら、必ず助けられる』と。だから助けに来たぞ。あの時やはり一緒だった安藤君と共に」
     清美と梨乃は猛撃に角逐する両者それぞれに声を投げて戦陣を見守る。
    「あはは♪ おもしろーい♪」
     殺伐たる今さえ修学旅行の余興と楽しむ影は尚も軽快に、
    「弱い者……を……虐めて……悦ぶ……愉しかった……ですか……?」
    「は~い♪ お勉強になりました♪」
    「ふむ……褒めらたもの……では……ありませんね……」
     常に間合いへと詰め寄る玉緒の熾烈なる炎拳を凌ぎつつ、戦場を自由に舞った。
     それは宛ら、鳥籠より解き放たれた小鳥の戯れる如く、
    「――今更、説教ですか? チョーウゼェんですよ」
     時に可憐に挿す狂気もまた、感情の鎖を解いて漸う顕在化する。
     次第に激情の方が表出るようになったのは、4分に迫った頃か、翼を得たが故の『揺らぎ』を認めた仲間は更に声を重ね、
    「己が闇に埋もれるほど、貴女は弱くない筈だ。それに、タタリガミの彼女に借りは返してないだろう?」
    「檻に囚われた儘ではタタリ・ナナを止められない。私はあなたと一緒に、彼女を止めたい」
     嘗て彼女と共闘した謡と想々は、根深き縁(えにし)――胸を騒がせる紲を呼び起こす。
     深潭に沈むペルソナに手を伸ばす――それが嘲笑と斬撃に嬲られようとも諦めぬ意志は、【天香桂花】を贈った渚緒も同じだろう。
     因縁深き敵の名に金狼の耳はヒクと動き、
    「テメェ等まじウゼェんですよ」
     失笑にそれを蹴散らした凶暴は、冴刀一閃、言い放った。
    「フルボッコにしてやりますよ」
    「、ッ!」
    「アリス!」
     須臾にして戦場が赫く染まり、闇の力を知らされる。
    「ッ、ッッ!」
     唯、激痛に柳眉を顰めた沙雪は、紅蓮に染まる視界の先で、僅かにも青く色を挿した瞳に気付き、【臥竜鳳雛】を握り締めた。
    「優しいアリス、いつも一生懸命のアリス……」
     仲間の負傷に心を痛める『彼女』が、確かに、在る――。
     彼は麗しき碧瞳に誓う様に闘気を弾き、
    「学園に対して不信感を募らせていた俺を叱責して、また立ち上がるきっかけをくれた君を、必ず救い出す」
    「だから、そういうのがウゼェって言うんですよ」
     刹那、紅く怒る瞳の色さえも、感情の漣と信じて立ち続けた。
     命中を重視したスナイパーのポジションは、時を追う毎に少女を捉え出し、燻る苛立ちもまた勢を削いだか、耳に馴染んだ級友の声も俊敏を鈍らせる。
    「みんなを守る為に頑張りすぎちゃったんだよね。早く帰っておいで! みんな待ってるよ」
     アリスを欠いては修学旅行に行けぬと、悠は優しげに、
    「なぁ、一緒に行くんやろ? うまいお菓子食うて、変なお土産に惹かれとるアリスの背中押すか迷うて、露天風呂入って、寝る時も大騒ぎして……そこにアリスがおらへんのは、絶対嫌や! 帰ってきてや!」
     乃麻は指先を震わせて詰るように。
    「そういう必死、オレには要らないんで」
     尚も友を裏切らんと張られた結界は、ノインが相殺に踏み出し、
    「どれだけ嗤われようとも、嘲ろうとも、私達はあなたを連れて帰る!」
     ガスマスクを脱ぎ捨て、感情を露にした。
    「必死な私が面白いか? でも、この感情も、表情も、全て私の友達から貰ったものだ!」
     恥なものか、と暴かれた佳顔は大声して鋭き言を通し、彼女の想いに呼応した木乃葉は黒影を滑らせて言を繋ぐ。
    「ボクはまだE組に来たばかりですが、初めての依頼で一緒になったアリスさんとクラスの皆と一緒に、もっと思い出を作りたいです」
     この闘いさえ礎となるようにと、嘲弄をも受け止める覚悟は、熱き友情の証。
     力の全てを杭撃機【戦狼煙『オオカミ』ーTyrantCustomー】に注ぎ込んだ狼煙は、その鋭眼をスッと細め、
    「もっと愚痴るなり模擬戦なりで発散してくれれば良かったのに」
     今の『ゲーム』の様に、どんな残酷も絶望も甘んじたろうと頬笑む。
    「ウゼェんですよ、……ウゼェんですよ」
     斯くして一同は神速を捉え出し、闇なる心の鎧を削ぎ――軅て少女の花顔にも焦燥と疲労の色が滲んだか、
    「5分経過!」
     時を叫ぶ声が戦場を駆けた、その時。
    「嗚嗚オオオヲヲヲヲ――!」
     巨大な金狼が灼眼を燃やし、一同を狂熱に見下ろした。


     ……聴こえる……。

     伸ばした指先すら闇に隠れる深淵で、人形姫は声を聴く。
    「アリスには、俺も依頼で助けて貰った恩があるんでな。それを返す前に、さよならなんてのは流石に、無しだぜ」
    「助けられれば、これからお友達になれるかもしれませんよね。園観ちゃんは、結び得る未来の絆を手放したくはないのです」
     淡然たる流希の声と、柔らかな遥香の声。
     そして、天摩の飄然も懐かしく。
    「やあアリス。戦場で顔を合わせるのはキミの初依頼ぶりっすね。あれからキミは強くなって、こんなにも多くの仲間を得た」
     それだけではない。
     ブレイズゲートで共に戦線を張った一介の灼滅者――黒髪金瞳の女さえ、無事なる帰還を願う者として戦陣を支えている。

     ……みんな……?

     その声と戦闘音は、確かに聴こえているのだ。
     ――蓋し、『闇』がそれを赦さぬ。

    「嗚嗚オオオヲヲヲヲ!!」
     荒ぶる凶獣を前に、嘗て少女と闇堕ち者を救った友らは咽喉を裂かずにはいられない。
     凜と鈴音は蒼天を震わせる咆哮に割り入り、
    「……茶倉さんを助けに行った時の事、覚えてますか?
     迷子になった茶倉さんに、神乃夜さんと一緒に帰ろうって言ってたよね」
    「あなたが、泣きたいだろう気持ちをグッと堪えて呼び掛けてたのを、私は今も覚えてる」
     二人が呼びかける隣には、その紫月と、
    「あの時は手数をかけさせたな。だから今度は、そのお返しだ」
     柚羽は言葉にならぬ想いを矢に番え、愈々猛攻に掛かる戦士の劔を研ぎ澄ませた。
     人語を失ったスサノオは、禍々しき爪撃に彼等を薙ぎ払い、迫り出た守楯はしとど血煙を吹いて空を紅く染める。
    「タンゴ、ここが正念場です。目標には達しています」
    「にゃふっ」
    「アリスさんの一部である『あなた』にも、帰って来て貰いますよ」
     ジェフは血に滑る眼鏡を押し上げながら、形態を変えた闇に正対し、御理は朱に染まった白衣の重みを感じつつ、構えた刀に鋭撃を受け止めた。
    「もし、夢を見るならば、それを実現できる――と、アリスさんは僕に言いました」
     ――If you can dream it, you can do it.
     少女より受け取った白衣の銘に支えられ、それを彼女にも伝えんと瞳は輝き。
    「嗚嗚オオォォヲヲ!」
     尚も反駁の猛爪を振う魁偉には、バンリが弾かれたように身を乗り出した。
    「アリス! 我々は互いに、必ず守ると誓ったでありますよね……己は貴女様を取り戻し、そしてアリスは――皆の元へ帰ると!」
     追い縋る様は無様か滑稽か――、否、尊い純真だ。
    「皆の笑顔が好きだからと、微笑む貴女にまた逢いたい……逢いたいよ、アリス!」
     それ故に勇弥もさくらえも、烈々たる爪撃を防いで彼女の言を届けんとする。
    「――皆、アリスの絆に繋がれているんだ」
     その魅力に、光に。
     沙雪は猛牙より白炎を噴く凶獣に【ドラグブレイド】を伸ばしつつ、黒檻に囚わる人形姫に慈愛の瞳を注ぎ、
    「――アリス、あなたからも沢山のものを貰った。返すのは今だ!」
     ノインは痛撃を叫んで悶える巨躯に赤熱した鋭杭を撃ち込んだ。
     色白の肌に血が返り、己がそれと混ざって伝う――その温かさが愛おしい。
    「オオオオオオオオッッッ!!!」
     痛痒に激昂した怪腕は闇雲に打払うも、彼女の戦闘癖を多少に知るエミーリアは華奢を翻し、
    「7分経過だ!」
     恋人の声に覚醒した闘志は、一陣の風と成った。
    「マキノねえさま。後はお願いします」
    「回復は任せて」
    「わたし、アリスねえさまを取り返してきます!」
     可憐は身ごと颯と化して金狼を強襲し、風刃に仰け反る躯の前には更なる凄撃が差す。
    「ここで……逃がしは……しません……」
     感情と痛覚の欠損した玉緒、怯みも痛みも無き身より繰り出る拳は猛槌の如く。
     敵懐に深く沈んだ一撃は、絶叫すら摘み取って闇を貫穿した。
    「ッッ、ッ……ヲッッ……!!」
     声なき叫声に碧落を裂いた金狼は、漸う闇黒と化して狭霧と散り、烟りゆく黒檻の前には狼煙と木乃葉がそっと声を置く。
    「部室に学園祭のセットをその儘にしてあります。帰ったら見に来てくれませんか? あれでも一応の雰囲気は伝わるかと」
     その手刀は優しく檻を断ち、
    「ハロウィンやクリスマス……他にも沢山面白い行事があるんですから、皆で学校に帰りましょ?」
     【松明丸】の幽焔が砕け散る骨組みを静かに灼いていく。
     人形姫によく似た「欠片」のアリスは、眠るように横たわる少女に手を伸ばし、
    「アリスさん、聞こえてますね? 眠り姫から人形姫に戻る時間です」
     此処で寝ていられるほど暇ではないと囁けば、

    「……みん……な……?」

     人形姫の瞼が徐に開き、一同を映した。


    「アリス……ッ!」
     それは誰でもない、偏に皆の安堵の声。
     一人は飛びつき、或いは抱き締め、頭を撫でる者も居れば、静かに合わせた目線に頬笑む者など様々で、
    「アリスねえさまが……戻って……」
     エミーリアは緊張の糸が解けたか、揺れる視界に幾筋も雫を零していた。
    「おかえりなさい、アリスさん」
    「目覚めの気分はどうですか?」
     駆け寄った狼煙と木乃葉はアリスの無事を確かめ、コクリと頷く可憐に漸く一息。
    「皆さん、ありがとうございました」
    「全員の力で、アリスさんを助ける事が出来ました」
     ジェフと御理は、頬笑を重ねる輪に感謝と労いの言を添える。
    「ずっと独りで疲れたろう? ナノナノパフェを作ってきたよ」
     沙雪が優しい笑顔を差し出せば、悪戯な玉緒はわきわきと手を伸ばし、
    「心配させた……お仕置き……を……しませんとね……」
    「……オーラが……黒いの……」
     アリスが身構えた刹那、10分――タイムオーバーを告げるアラームが時を破る。
     ノインは姦しい電子音を耳に、細腰に手を当てて吐息すると、
    「制限時間内に攻略しましたよ」
     ゲームクリア、と声を掠らせて――笑った。
     

    作者:夕狩こあら 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年7月27日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 13/感動した 2/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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